石炭と大戦景気に沸いた門司港

明治初期、日本の三大港として数えられた門司港は、近代日本を支えた港として歴史を残してきました。
明治22年石炭を扱うための国の特別輸出港とされ、貿易港として栄えた門司港は、日清戦争や日露戦争の勃発とともに栄えます。

軍需品や兵士たちを送る港として、中国大陸に近い門司港は重宝され、米、兵器、軍服などを扱うお店なども多数でき、この辺りは当時繁栄していました。
大正3年、門司駅、現在の門司港駅が完成し、時代は第一次世界大戦に入ります。

欧州航路の寄港地ともなっていたこの港は、この大戦でも景気向上となり、大陸香炉の客船などによって大いに栄えたのです。
料亭に花街等も誕生し、芸妓衆も200人余りいたというこの街、港は終戦まで大いに栄え誇りました。

しかし終戦を迎え大陸貿易の縮小と共に石炭も減少、次第に衰退しましたが、現代、門司港レトロエリアとして脚光を浴び、年間200万人もの人たちが訪れる一大観光地となっています。

当時のレトロな建物を残す門司港レトロ

この門司港レトロエリアには、現在も、明治から大正に建設された美しく雰囲気のいい建物が現存しています。
木造建築の門司港駅、大正ロマンが漂う建築物は、異国の地に来たかのようなエキゾチックな雰囲気です。

ミュージアムに美術館、この門司港の歴史を強く感じさせる場所やアートな場所もあり、大人がのんびり、当時の景気を感じながら散策できる素敵なスポットです。

美しい鳴門海峡を臨むことも、また関門大橋を間近に見ることもできるエリアとして、眺望最高と、多くの観光客が訪れています。
また武蔵坊弁慶と佐々木小次郎が戦ったといわれる巌流島の歴史も、このエリアで忘れてはならない場所でしょう。

明治45年に建てられた旧門司税関

明治42年門司税関が発足し明治45年に煉瓦造り瓦葺2階建構造の建物が建設されました。
昭和初期まで税関庁舎として使用されていたこの建物は、平成6年に北九州市が赤レンガを特注して復元されたものです。

この復元によって近代的なデザインと共にモダンなネオルネッサンス調がプラスされ、実に趣の深い建物となりました。

天井吹抜けで開放感たっぷりの1階エントランスホールはレトロなイメージ満載です。
門司税関広報展示室ではどのように密輸をしていたのか?という手口なども紹介されています。

2階に行くとギャラリーがあり、そこからは関門海峡、門司港レトロを一望できる場所となっていて美しい景色を堪能できます。
この辺りは大正時代に建設された現代にみることが出来ない建物が現存しているため、映画のロケ、テレビのロケなどにも利用されています。

情緒あふれる美しい施設と景色、大正ロマンを感じることができるこのエリアは、日本の歴史を垣間見ることができる場所です。