菅原道真公を御墓所、御御霊を永久にお祀りする

現代では学問の神様として親しまれている菅原道真公の御墓所であり、その御御霊を永久的にお祀りする格式高い神社「太宰府天満宮」は、地域の方々に天神様と親しまれ、古くから信仰されてきました。
承和12年に京都に誕生した道真公は幼いころから学問に秀で、様々な才能を発揮、さらに努力を怠らない心を持った方だったため、学者としても政治家としてもまた文人としても大成された方です。
しかし、道真公は政敵の策略によって京都より大宰府に流され、延喜3年2月25日、当時暮らしていた大宰府政庁南館、現在の榎社においてそのご生涯を終えたのです。

道真公の門弟「味酒安行」(うまさけやすゆき)は、道真公の亡骸を牛舎にのせ進もうとしたのですが、牛が伏し決して動こうとしなかったため、道真公の御心によるものだろうと、この地に埋葬する事にしたのです。
御墓所に祀廟を建立し、延喜19年勅命によってご社殿が建立され、後に、道真公が無実であったことが証明されたことにより、「天満大自在天神」という神様の位を賜ったことで道真公は「天神様」となりました。
全国に12000社という天神様のお社の総本宮であり、地元の方々、また全国各地より参拝者が訪れる神社が太宰府天満宮です。

境内は見所満載です

手水舎で身を清めお参りします。
手水の鉢は、一枚岩でできた非常に立派なもので、6m×4m×2mという非常に大きなものです。
これは日本最大級といわれます。
宝満山より採取した御影石を利用した立派な手水で手口を清めたら本殿へ向かいます。

楼門は非常に珍しい造りとなっていて、前から見ると二重門に見えます。
しかし裏から見ると一重門です。
一般的に楼門は前後左右対称に作るので、このような門はとても珍しいのです。
もちろん本殿の美しい建築様式にも目を向けて下さい。

小早川隆景によって再建された本殿は五間社流造り、安土桃山建築をそのままに見ることができます。
石側の欄間には、彫り物が施されています。
この彫り物は、鯉が黄河を登っていく際、途中にある龍門と呼ばれる場所の滝を登り切った鯉は龍になるという登龍門伝説を彫り物としたものです。
鯉の背には道真公が描かれています。

御神牛とは

太宰府天満宮で有名な御神牛がこの太宰府天満宮に奉納されている所以は、まず道真公が845年、丑年生まれであること、さらに、御本殿創建の聖地が牛との縁によって定められたという事に由来しています。
境内には銅牛、石牛等多くの牛が奉納されていますが、御神牛の頭をなでると知恵を授かるともいわれ、受験生等多くの若い方がこの御神牛の頭を撫でていきます。
ちなみに余談ですが、大河ドラマでも注目され黒田長政の父黒田如水こと、「黒田官兵孝高」が、草案にて隠遁された際、実際に利用していたという井戸、如水の井戸が境内の宝物殿近くにあります。